看護師の「辞めたい」不満に効く、こころの処方の盲点

1.看護師不足が引き起こす病院の悪循環とその仕組み

慢性的な看護師不足に悩む病院は今や珍しくありません。

しかし、問題の本質を捉え、適切な対策ができている病院は極めて少ないのが実状です。

看護師不足―― それは病院が抱える問題のうちのまさに「氷山の一角」ともいえます。

人員の不足という分かりやすい問題であり、かつ実際に顕在化しているがゆえに、看護師の不足を解消する(看護師を足りない分だけ採用する)ことで解決するものと誤認している病院は多く、看護師不足が生じる原因や、そこから派生する数々の二次的・三次的な問題を把握できていないケースがほとんどなのです。

もちろん、人手が不足すること自体、医療法に基づく人員配置基準を満たせなくなるリスク、新たな採用・育成にかかるコストの面など、病院経営の視点からは大きな問題です。

ところが、「現場」ではより具体的で切実な問題が起きていることをご存知でしょうか。

現場 ―― それは看護師たちの日常であり、彼ら・彼女たちの働き方の全て。

看護師の退職で最も大きな影響を受けるのは院長や医師ではなく、周りの看護師たちなのです。

1名、そして2名と看護師が退職する。

看護師長は、新たに新任看護師が採用・配置されるまでは少ない人員の中で医療法の基準を満たす勤務シフトを組まなければなりません。

無理なシフトを組まざるを得ないため、当然一般看護師にも負担がかかります。

あるいは、一般看護師の不満を極力避けるため看護師長自身が負担を背負い込むこともあるでしょう。

自分の科だけでは人員がどうしても足りず、あまり関係の良くない他の科に応援要請をする必要があることも憂鬱のタネですし、新任看護師が配置されれば教育・指導に時間も手間もとられます。

そんな中、一般看護師の勤務時間・分担業務などの負担が増大して不満が募り、第二、第三の退職を引き起こす・・・

こんな悪循環に陥っている医療機関は少なくありません。

さて、この悪循環を断ち切るために「コーチング」が医療業界で注目され始めています。

コーチングとは指導手法のひとつで、主に相手の話を「聴く」ことで双方向のコミュニケーションを生み、良好な関係を築くとともに相手に主体的かつ前向きな気持ちで物事に取り組むことを促すなど、チームマネジメントに活用される有効な手段です。

ここでは、コーチングが病院で今起きている問題の解決に向けてどのような効果を発揮するかについてお話しします。

2.そもそも看護師はなぜ辞めるのか

看護師の仕事は、キツイ・汚い・危険の「3K」職種とも言われており、過酷な仕事であることに間違いはありません。

ところが、看護師の離職率が高い理由はそこにはありません。

そもそも看護師たちの多くは過酷な仕事と知りながらその道を選んで看護師となった人です。複数の病院間で転職を繰り返すこととなるのも、「看護師」という職種に不満があるわけではなく、勤務する病院内部における体制から来る不満や、仕事に対する本人の意識の問題に起因しているのです。

看護師たちは日々たくさんの不満や鬱屈を抱えながら仕事をしています。

そして、そんな日々のストレスが蓄積し、「辞めたい」と考えるようになるのです。

まず必要なのは看護師たちがどんな不満を抱えているかを整理して理解することです。

(1)人間関係による不満

例えば、「苦手な先輩看護師と同じシフトで憂鬱」「担当になった患者さんの家族が面倒」「不愛想な医師とのコミュニケーションが面倒」などの一般看護師にも多い悩みから、看護師長クラスでは「シフトで人が足りないけど隣の科の師長が非協力的」「後輩とうまく関係を築くことができない」など、階級に関わらず共通項として挙げられるのが人間関係による不満や悩みです。

(2)リーダーとしての悩み

看護師長に特に多いのがリーダーとしての悩み。

看護師という職種に就く人、中でも特に女性にはそもそもリーダーになりたいという志向がないことがほとんどです。にもかかわらず、一定期間実直に勤務を続けてきたという実績だけで主任看護師から看護師長へと、「昇格」をしてしまうことがあります。

リーダーになんてなりたくないのになってしまったことによる葛藤もありつつ、新任看護師への教育、そして他科の師長との連携や協力まで求められ、孤立したり自分で全てを背負い込んでしまったりと、悩みが蓄積します。

(3)「やらされ感」による不満

看護師もその職務の特性上、やむを得ず残業が発生することがあります。また、日勤・夜勤の混在するシフトでの勤務など、不規則な生活にならざるを得ません。

ナースコールで呼ばれれば患者のところへ駆けつける、そして呼ばれた時には必ず何かしら問題があることによるストレスもあります。そもそも病院は「コトが起こってから動く」習慣にとらわれやすく、自分ではコントロールの利かない仕事であることや、看護師として「やって当たり前」「できて当たり前」の仕事になりがちで褒められる機会に乏しいことから、自分自身の働くことの喜びを見失ってしまうのです。

総じて見てみると、看護師たちの悩みはいずれも彼ら・彼女らの仕事の目的・目標からは離れたところで発生しているのがわかります。

これらの悩みにひとつひとつ対処していくことは現実的ではなく、より本質的な改革を図ることが看護師の退職に歯止めをかけるための一番の方策です。

3.病院に必要なのはマネジメントよりコミュニケーションと主体性の向上

さて、看護師の退職防止、あるいは職場環境改善と銘打って、「マネジメント」に取り組んでいる病院も最近では増えています。

ところが一般的な企業組織とは異なり、多くの病院では組織単位の“マネジメント”という概念がなかなか浸透しません。

というのも、その構造や構成員同士の関係、仕事の目的が一般企業のそれとは異なるためです。院長は病院の経営に特化していればよく、医師たちはそれぞれ自身の受け持つ患者に対する医療行為に専任する独立家業のようなもの。医師同士の相互のコミュニケーションは必要なく、医師と看護師の間でも指示命令系統があるのみです。

それでも「患者の治療」という目的達成のための動きは成り立ちますし、結局のところ目的が達成できてしまえば、マネジメントの持つはずの意義も薄れていくのです。

院内に唯一“組織体”として存在する「看護部」でもそれは同じ。

看護部には看護部長以下、看護師長、主任看護師、そして一般看護師が属し、一見すると一般企業の組織構造と似通っているようにも見えますが、ここでも結局のところ重要なのは日々の業務における「上が指示・命令をし、下が従う」という上下関係のみ。

それで「患者のケア」という目的はある程度達成できてしまうためです。

では、病院としての問題解決に必要なのはどんなことでしょうか。

それは、マネジメントという名の目標管理や指示・命令ではなく、「看護師が快適・満足に仕事を続けることができる環境を創ること」です。

そしてそのためには、前章で挙げた看護師の不満や悩みをひとつずつ潰していくのではなく、より大きな枠組みで考えて「組織内でのコミュニケーション不足」と「主体性の欠如」の解消に取り組むことが最大の効果を生みます。

より良いコミュニケーションがとれ、主体的に働くことができる風土を育てていくことで看護師の仕事に対するモチベーションは必ず上がり、離職率も下がります。

更に、これは看護師たちの持つ個人的な不満を解消するためだけでなく、病院全体としての医療の質向上にも効果があります。看護師たちの充実感や意識の改善が患者への対応や医療満足度に直接影響するからです。

ところが、コミュニケーションと主体性と言っても病院内にはそのノウハウがありません。

そこでおすすめする手段こそがコーチング研修の導入なのです。

4.医療の質の向上は、人の質の向上に他ならない

医療の質を高めるための方法はいくつかあります。

例えば病院の建物を良くする、高度な医療器材を導入する・・・

しかし、病の治療を必要とする人の心に最も訴えかけるのはやはり「人」の質なのです。

コーチング研修を病院全体として導入することは、院内での人間関係の良化ももちろんのこと、看護師それぞれの主体性の回復にも大きな効果があります。

看護師のサービスレベルが向上し、看護師が「良い状態」で働くことで看護部隊がより機能するようになり、患者との直接のやり取りにおける心のケアの面でももちろんそうですが、病院全体の医療の質に直結します。

今では、独自にコーチングやコミュニケーションマネジメントについて学習する看護師もいますが、独自での学習ではなかなか組織全体としての実践に結びつかず、結局宝の持ち腐れになる場合が多くなります。

コーチングは、相手にしゃべらせて「聴く」ことで成り立つ双方向のコミュニケーションです。

そして残念ながら、これができていない病院がほとんどです。

これに皆で取り組み、特に先輩看護師たちが積極的に推し進めることによって、

「患者を大事にすると同時にお互いも大事にする」という貴重な風土を形成することができるのです。

その中で、特に重要なカギを握るのが看護部長。

なぜならば、世の中の看護部長は、配下の看護師たちから見ればとにかく「怖い」存在です。

辛くても看護師の仕事を続け、逞しく貫き通してきたからこそそのポジションにいるわけですが、その強さや逞しさそのものをはじめ、ビジョンの明確さ、強烈な規律正しさから来る厳しいマイクロマネジメントに後輩たちはビビってしまうのです。

何をしていても、看護部長に呼ばれればビクッとしてしまう・・・そんな存在である看護部長が自ら意識して、後輩たちとのコミュニケーションの場、それもいつものように指示・命令をするのではなく、後輩たちの話を「聞く」場を設けるようなことがあれば、これは看護部全体にとって衝撃であり、改革でもあります。

それくらいの衝撃を生むような取り組みが実現できれば、それは良き風土の形成にあたって大きな第一歩となります。

旧態依然の病院の体制では、立場が下の者にしゃべらせる機会がありません。

そこにあるのは「こうしなさい」という指示だけであり、結果として皆を型にハメているのです。

ところが、しゃべらせることと「主体性」には重要な相関関係があります。

それを看護部長自らが実践することで全体に大きな影響を与え、浸透させることができるため、このような取り組みの中心的役割を担うことが望ましいのです。

5.本来のミッション・ビジョンに原点回帰させるマネジメント

最後に、具体的にどのような視点で取り組んでいくか、医療関係者、特に看護師向けのコーチングのさわりをお見せします。

看護の仕事は本来「患者に貢献する」「患者に喜ばれる」ことが根源にあり、看護師たちもそれを目的・目標としてその職種を選んだはずです。

ところが、日々の「やらされ感」の中でその目的を見失っていることが多いのです。

そこで、原点に返って

・どんな看護師になりたいのか

・患者さんにとってどんな存在でありたいのか

・(看護師長などの場合)どんな病棟を目指しているのか

を思い出させるような対話ができるようになることです。

看護師という職種は元来喜びを見出しやすく達成感の高い仕事であるはずですし、周りもそもそもミッションを持って仕事をしている人たちなのでそれを「思い出す」だけでも良いコミュニケーションが生まれたりします。

やりがいの宝庫であるはずの仕事であるにもかかわらず、ともすれば「私たちの仕事って3Kだよね」「つらいこと多いよね」という集団心理にもとらわれがちな看護師の世界。

そんな世界だからこそ、特に先輩看護師は後輩たちをプラスの方向へ導くコミュニケーションスキルを鍛える必要があります。そうすることによって後輩の育成や意識の改善にも役立てることができるほか、後輩にとっての数少ないロールモデルとなることができます。

とある病院で、看護部長が主体となって組織のコミュニケーション改善に取り組んだ実例があります。

その看護部長は、通常業務における看護部の動きのように院長や医師からの指示を受けてではなく、看護部としての主体的な取り組みとして「挨拶をしましょう、まずは看護部から」ということを推し進めました。

患者に対してはもちろん、看護師同士も、不愛想な医師に対しても、相手にどんな対応をされても、看護部はきちんとハキハキと挨拶をする。ただそれだけのことですが、看護部長自らが率先して実践したことと、全員が看護部として主体的に動いたことで組織の雰囲気も変わり、挨拶だけでなく日々のコミュニケーションも充実するきっかけとなりました。

このように、現状の不満解消・各論への対処だけでなく将来に亘って良い看護組織を築くためにも、院長や看護部長など上に立つ人が積極的に取り組むきっかけとして、コーチングは病院という組織に極めて適しています。

看護師不足の解消のため、最近増えている看護師など医療関係者特化型の人材紹介会社に高いフィーを支払って繰り返し採用を行うよりも、まず実効性があることとしてコミュニケーションと主体性を磨くコーチング研修を導入してみてはいかがでしょうか。

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